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都市が形作られていく上でもともとその大地が持っていた記憶は削り取られ、効率を優先した変化の少ないものへと移り変わってゆく。もちろん都市と言う場所が要求する高密度で高効率な空間、経済性は否定する必要はないが、何処か寂しさも残る。そこでその記憶を別の形で残しつつ新たな空間を創造できないかと杉山一三建築デザイン研究所と考え発表することになった。 |

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もともと大地が持っていた記憶として、起伏をそのまま屋根の形状として持ち上げその下に地下空間を生み出している。屋根の上はその記憶をとどめた空中庭園。屋根の下は地下へのエントランスでもあり地下空間へ光と風を導いている。屋根の裏側は巨大なディスプレイとなって記憶の虚像を映し出す。屋根戸上と下で切り取られた実像と対をなす。 |

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切り取られた大地の記憶として起伏のある地面、草、水たまり、小道、石垣、鳥居、木などが再現されている。決して事実ではないけれど事実の記憶、博物館のような記憶の場所となって人々に現在と過去を結び付けるきっかけとして忘れ去られた大地の記憶を呼び覚まさせる。 |

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大地の記憶を空中に持ち上げたのだから空の記憶を大地に焼きつけても面白いかと思い床に空の映像を映してみた。大地に咲く花が空を覆い、空が大地を覆う。矛盾した表現が逆にその存在を明快に思い起こさせることとなる。 |

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博物館や美術館、図書館の空間は遺物や彫刻や絵画、本である意味埋め尽くされる。記憶はその断片を紡ぎだすようなものかもしれない。あるときはそれ自体が記憶の全てであったり、あるときはそのいくつかが結びつき新たな記憶を紡ぎだしたり。このような空間でそれを再現するのは困難ではあるが記憶の谷の様な空間づくりにはグラフィカルな情報の表現がある程度必要なのかもしれない。 |

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複雑に交差する空間。記憶の一側面に混沌とした情報の結びつきがある。ある花を見てある音楽やある光景を同時にイメージすることがあると思うが人の記憶は単純に一列に並んだものではない。一本一本の糸の時は分からないが織り上がると初めて絵になる織物のように現れてくるもの。整然さと複雑さを兼ね備え時間さえも飛び越えている。 |

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記憶と言えども時には立ち入ることができない部分もある。池の空間はそんな場所。眺めることしか許されない。人の踏み入れられない領域も世界には存在している。大地の記憶を人の記憶の形状に置き換えて失われていくものを記憶に留めつつ都市の再生をどうすべきなのかを考察し発表しました。 |